「信太郎、恥を知れ!あの世で兄貴が泣いとるぞ」 一澤帆布工業に見る未上場企業の後継者問題[1]からの続き。今回はペンケースを掲載してみました。これで2,835円!いや~儲かると思いますよ、これは(汗
ところで、一澤帆布工業についてはWikipediaをはじめとした多くのホームページでことの詳細が記載されています。また、私も読みましたが、「一澤信三郎帆布物語 (朝日新書)」で詳細が語られていますので、更新を待てない方はそういうところにも当たってみて下さい。
前回記載の通り、2通の遺言状が出てきました。「会社の実権が三男のものになる」日付が古い遺言状[1]と、「会社の実権が長男のものになる」日付が新しい遺言状[2]の2通です。両方が本物であれば、長男が実権を握ることになりますが、遺言状[2]は様々な点で「怪しい」ものでした(詳細は書籍参照)。こんなことを部外者の私が言うのは失礼かもしれませんが、今では偽造ということが証明されている遺言書[2]の内容は、故人(信夫氏)を貶めるに十分なもので、なぜこんなものを偽造できるのか、悲しい気持ちにさせてくれます。。。それはさておき、長男が遺言状[2]を家庭裁判所に正式なものとして申し立てたため、三男が遺言状[2]の無効を求めて、長男を提訴します。
裁判の争点は当然遺言状[2]の真贋で、筆跡鑑定が行われました。長男側の筆跡鑑定の結果は「本物」、三男側の筆跡鑑定の結果は「偽物」。偽造だと断定する証拠がないとして、長男が勝訴し、三男は控訴しますが、2004年12月に最高裁判所にて三男の敗訴が確定します。
その後、三男夫妻は意気消沈しながらも何とかいい案を探そうと、株主総会の開催延期などで時間を稼いでいました(取締役の選任は株主総会決議で決定されるため、開催が延期されていれば解任されない)。しかし、2005年12月16日に高裁からの命令で臨時株主総会が開催され、三男夫婦は参加しませんでしたが、現任の全取締役の解任と、長男・信太郎氏の代表取締役選任が決議されます。正式に役員を解任され、世間に大きくお家騒動が報道されたのがその翌日のことでした。
報道後、取引先や近所の人から、次々と連絡が入ります。皆、三男夫婦や今後の一澤帆布工業のことを心配していました。そして、年が明けた2006年1月2日、
「司法が信三郞さんを守らないなら、われわれが守る」
として、「一澤信三郎さんを応援する会」が発足、さらにいくつかの取引先は
「信三郞さんが代表でなくなった一澤帆布とは取引をしない」
と表明、応援する会の輪は海外まで広がったそうです。それでも長男・信太郎氏は取締役変更の登記を済ませ、着々と準備を進めていました。
2006年1月16日、応援する会のメンバーと信三郞氏が店舗の2階で今後について話していると、四男喜久夫氏と弁護士、さらには新聞記者も引き連れた信太郎氏が店に現れ「私が一澤帆布の代表取締役になった一澤信太郎です」と騒ぎ立てたそうです。その場の全員と職人40名が2階に集い、議論が始まります。権利を主張する長男・信太郎氏、信太郎氏を断固拒否する職人、「職人がいなくなるから」と話し合いを求める三男・信三郞氏。お互いの主張の溝は埋まらず、行く当てのない議論が続いていたのだと思います。そこに、今も現役の鞄職人であり、故一澤信夫氏の弟である一澤恒三郎氏現れ、信太郎氏の顔を見るなりこう一喝したそうです。
「信太郎、恥を知れ!あの世で兄貴が泣いとるぞ」
と。
叔父の一喝や社員の抵抗にも関わらず、信太郎氏は「建物明け渡し断行仮処分」の申し立てを行い、2月16日には仮処分決定の報が信三郞氏に入ります。
ということで、現在7月5日の21時55分です。そろそろカンブリア宮殿も始まりますし、きりもよいので、続きは明日にします。なんか後継者問題というより、信三郞氏のこれまでの生き様や人との繋がりなどの感動物語りすぎて、線引きが難しいです。。。
[...] の知人でした。開いている倉庫を提供してくれ、トラックも手配してくれたようです。前回エントリーでもそうでしたが、信三郞氏や一澤帆布が今まで築き上げてきた信頼が、手をさしの [...]